イースター島でモアイはかく語りき

イースター島でモアイはかく語りき

さて、こんなこと初めてですが今回はモアイについて・・・

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そもそもモアイというのは自分たちを見守ってくれる存在として作られたという説がありますが、神様とは少し違っていたそう。どちらかと言うと日本でいうご先祖様のニュアンスに近いと思いました。

初期の方は小さなモアイばかりだったそうですが、どんどん大きくなっていったそうです。
最大のものは20メートル近くあるとか・・・
ただそのモアイもヨーロッパ人が初めてイースター島に上陸した時には全て倒されてしまっていたそうです。
今立っているものは、すべてあとから立ち上げ直されたもの。

そうだ 旅、出よう。

なのであの大きなモアイがどうやって石切場からそれぞれの持場に動かされたかは未だわかっていないそう・・・
上陸したヨーロッパ人が現地の人に聞いたときは「自ら歩いた」とか言われたそうです(笑)
まぁ、そこにヒントが有りそうですが・・・
島のロンゴ・ロンゴという文字が解読できればいろいろ解りそうですが、いまだ解読されていないそう・・・

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こっから自分の考えも入りますが、イースター島で作られたモアイは次第に各部族によって権力の象徴みたいなかんじで競って?大きくなっていていきました。
そして当時(紀元500年とかそんくらいかな?)緑豊かだったイースター島はモアイを作るためにどんどん森林伐採され荒れた土地になり食糧不足が発生し各部族同士の内紛が起きます。
敵の権力の象徴モアイを次々倒し、食糧不足のため倒した敵を食べていたそうです。
その痕跡がある洞窟まで発見されています。

食人洞窟”アナ・カイタンガタ”

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ただ、戦争に加え、疫病などで人口が減った部族は争いをやめ、元々あった鳥人信仰の儀式でイースター島の近くの島に各部族から選抜された人達が泳いでいきその年最初のアジサシの卵を持って帰り、その持って帰った人を頭にその部族が島の実権を握るという競技的な平和的な解決方法に変わっていったそうです。

儀式が行われていたオロンゴ儀式村近く火山湖

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ただヨーロッパ人が上陸した時には最盛期1万人近くいた人口が100~1000人未満になっていたそう・・・

そうだ 旅、出よう。

かなり間違って記憶してそうですがこんな感じの歴史だったと思います。
今のあののんびりした島からは想像できませんが、色々考えさせられます。

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と、まぁ世界ふしぎ発見風な感じでブログ書いてみました~

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